日々のせいか

郊外のマンションで、ネコとカメと壊れたオジサン看ています。

夏のお嬢さん

エムの送迎車を見送ってエントランスに戻ると、インタフォンの前で何やら惑う素振りのご婦人をお見かけしました。

わたしがエントランスの扉を開けてお招きすると、丁寧に御礼を述べられてから、こう続けられます。
「もう数年ぶりに訪ねて来たのですけれど、その部屋がどこやら分からなくなりましたのよ」
ご婦人は、お見受けしたところ70歳はゆうに越えていらっしゃり、細身の体型にウエーブのかかった銀髪をきれいにセットされ、上品な水玉のワンピースと白のパンプスがお似合いです。

実は、わたしが一瞬疑った認知症なんてとんでもない。
「家族みんなで旅行に出たんですよ。受験の孫だけ残るって言うから、わたし川口から飛んで来ちゃって。恥ずかしいわ、何階だったのかうっかりして」
手元の小さな紙に、電話番号だけがメモしてあります。

彼女、携帯無いので、わたしスマホから電話しました。
「◯◯様のご自宅ですか。実はお祖母様に頼まれてお電話している者ですが・・」
電話の向こうで若い男の子が、ワオッと呟きました。

孫の慰問にシャンシャンと現れたチャーミングなお祖母様の、わたしはさしずめメイドのように目指す部屋にたどり着くと、スマイルマークまんまの笑顔の男の子が大きくドアを開けました。

「◯君ね、こちらがご親切にも良くして下さってどうしましょう。お茶でもなんでも何かないかしら?」
と華やかなおしゃべをするお祖母様の頭上、高校生の彼と目顔でうなづきあって一件落着です。
『キミのお祖母様、とっても可愛い方だから大事にしなさいよ』

老嬢と言うなかれ、わたしが出会った、夏のお嬢さんでした。

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